自然の仕組も経済の仕組みも、ともに成長したあとは成長をたもち、あたらしい生命のために、持っていた資源や養分がリリース(解放)されます。
そのままにしておくと、確実に、その自然や経済は失われます。(硬直)
そのためには、あたらしい変化が必要なのです。変化がおきて新しくなるとにぎわいが出てきます。(再編)
しかし、ここで何も育たないこともあります。(窮乏)
次の段階は、新しい活発な自然や経済に移ってゆきます。(利用)
そして、成熟し、復元力のある健全で単純な仕組みが保たれます。(維持)
ところが、経済システムがあらゆるレベルで経済成長を環境保護より優先し、対策を取らなければ、そのコストは社会と環境に転嫁(外部化)されます。そのため、自然は復元力を失います。
このように、経済利潤を追求した社会の経済システムは環境に大きな負荷を掛けてしまいます。
同様に、企業活動は、企業で働く人たちに大きな抑圧(負荷)をかけてしまうと、働く喜びや人間関係、個人の創意の発揮等、を阻害してしまいます。
だから、経済生活には、経済活動そのものが利潤追求だけではなく、そのものにも喜びをもたらす健全な経営環境(人生を営む環境)が必要とされるのです。
企業内で人々が喜び快活に働く環境を生み出し、適正な利潤を生み、組織や社会運動に再投資したり、どこか別のところに贈与することもできます。
そうすることで、企業そのものが、次の段階へ発展することもできます。
このような企業活動の在り方は、新たな社会のステージを創造して行くのではないでしょうか。
人体の血液と経済の循環
企業活動が自然のシステムのように滞ることなく、復元力を持った豊かな経営を行うことが出来れば、企業活動は持続可能になるでしょう。
このことは、健全な社会になることを示しています。
実に、経済の循環も、人体の血液の循環のように滞りのないものです。
資本やお金は、温かい血液です。血液が冷えて滞ると人体は危険にさらされます。経済が健全であるには、適切な流れが必要なのであり、どこかに滞らせても、一度に大量に流しても危険をおよぼします。資本やお金が循環しなくなります。
経済の循環をこのように考えますと、お金は血液そのものです。
利潤追求のみの産業社会にどっぷりと浸ることなく、人間らしく豊かでワクワクする経済活動を創造していきたいものです。
温かい血の通った社会こそが、持続可能な循環型経済社会だと思います。
私の思い
- 相手の心に響く仕事をしたい。
- 経済利潤の追求で会社を大きくしたい、お金儲けを優先したいということには違和感があります。
今の社会はこのことにより、大きな環境負荷を起こしたり、争い、自殺者、多くの方々が競争に負けて心の闇や問題を抱えています。
仕事をするなら互いが幸せになること、そんな企業や起業家、働く人たちの社会になることを望んでいます。